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影郎デザインワークス

EyewearBrand「ラビリンス」を発信する影郎デザインワークスの公式ブログ。取扱い店のお問い合わせはkagero@octn.jpまで
メガネ先輩?

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韓国の女子カーリングチームのひとりはメガネ先輩と言われてるらしい。

 

 

メガネ先輩?

言われたくないよなあー 

 

これまでコンビネーション系フレームとかクラシック系デザインとか言われ持てはやされていたメガネがこれからは「メガネ先輩系」と呼ばれるようになったらフレームメーカーさんもさぞかし困るだろうね。

でもカーリングの結果次第では「眼鏡先輩」という新ブランドが出てきてもおかしくないかもね。

 

 

 

| 今日の影郎 | 00:00 | - | - |
短編小説「冬季シニアリンピック」フュギュワ

 冬季シニアリンピック

新三郎はフィギュアスケート80歳以上の部で銀メダルをとった。

元々3位だったが1位ステファニー選手の反則が判明したための繰り上げ当選で銀メダルとなったんだ。

残念な事に新三郎は自分がやっている競技の名前を「フュギュワ」と覚えてしまい、それにつられて他の選手も「フギア」とか「ヒュギュヤ」とか言い出す始末で、たとえ選手であろうと競技の正式名称を知らないままに表彰台にあがっている。

 

 シニアリンピックの開催が決定したのはちょうど5年前の話。

当時76歳だった新三郎はその頃に初めてトリプルトゥーループをマスターしたんだ。

若くしてこの技をマスターした新三郎はマスコミから怪童と呼ばれシニアリンピックの金メダル候補ともてはやされた時期があった。

しかしこのニュースを聞いた全世界の老人たちが奮起し80歳以上でもマスターできる技として浸透してしまい、今や珍しくもなんともなくなってしまったんだ。

 それから2年後。シニアリンピック開催の2年前の話だ。

アメリカのメアリー婆さんが80代で初めて4回転ジャンプを成功させたニュースが飛び込んできた。しかしそのジャンプを終えた直後にメアリー婆さんの体調がすぐれず選手生命を永遠に絶たれる複雑骨折を起こしてしまったんだ。シニアリンピック協会は高年齢者による4回転ジャンプは危険と判断しそのジャンプを禁止行為と決定させた。そこからこの競技の悲劇が始まる。

 

それ以来各選手の技術はどの選手も平均的になってしまった。

そして優劣をつけられない事態に競技として成り立たない危機を感じた委員会議長のR・H・ジョーンズ氏は80歳以上のフュギュワーにお笑い要素をも取り入れる事に決定させたんだ。

新三郎は焦った。シニアリンピック開催時にはちょうど80歳になるのでまわりからは「若きエース」ともてはやされていたのだが、いかんせん彼はお笑いの要素が何もない平凡な爺さんなんだ。

 

 悩んだ挙句に彼はひとつの業を思いついた。

「3回転猿こう」の際に入れ歯を飛ばしてやろうと。

入れ歯が飛ぶだけであればトラブルの一つとして捕えられてしまうとマズイ。だから入れ歯を透明の釣糸で首とつなぎ3回転の際に身体の周囲を入れ歯も回転させるという特殊な技で笑いを取ろうと考えたんだ。回転速度が速いと入れ歯はまるで土星の輪のように見えるので芸術点も稼げるというわけだ。

 

 そしてシニアリンピック当日がやってきた。

80歳になったばかりの若き日本のエース新三郎は見事に暫定1位で競技を終えた。土星の輪を入れ歯で演出し全世界の失笑を勝ち取ったんだ。日本の各地域にいっせいにそのニュースが流れた。「見事新三郎!現段階で土星が金星に!!」というタイトルで号外も配られた。

 

しかし彼よりも優れた選手がいる。

日本代表のお種婆さん84歳だ。

彼女の持ち味が3回転ジャンプの際に失禁するという荒業。外国人記者からは「氷上のスプリンクラー」と絶賛されていた。OH・TA・NE!OH・TA・NE!と鳴り止まないお種コール。新三郎はあっさりと逆転されてしまったんだ。

 

「お種婆さんに勝つためにはもう脱糞するしかないぞ!」と若きコーチから言われてはいたのだが新三郎の若さというプライドがそれをさせなかったから納得するしかない。結果は暫定1位がお種ばあさん、2位が新三郎。とりあえずメダルは確定したが、あとは最終選手のステファニー婆さんの結果しだいでメダルの色が決まる。

 

 ステファニー婆さんは89歳と登録されてはいるが実際のところは93歳であることが判明している。しかしそれぐらいの嘘は許してやるという協会のご厚意でテロップには89歳と表記される事になった。

ステファニー婆さんはゲートをくぐりさっそうとリンク中央に立った。すると会場からは大爆笑。

なんとステファニー婆さんはAEDをリュックのように背負って登場したんだ。出だしから高得点を勝ち取ったステファニー婆さん。

しかし演技が進むに連れ会場からブーイングが響きだした。演技の要素になんの笑いもなかったからだ。

 

「DE・O・CHI! DE・O・CHI!・・・」鳴り止まぬ出オチコール。

 

ステファニー婆さんのコーチは焦った。

このままではメダルどころか入賞もしない。

ステファニー婆さんは演技の直前に「命の母A」を飲んでいる。それがバレたらドーピング疑惑が出て失格になりかねない。

 

焦ったコーチはポケットから遠隔操作のリモコンスイッチを取り出してステファニー婆さんが背中に背負っているAEDを発動させたんだ。その直後ステファニーはまるで雷に打たれたかのように高くジャンプした。若い選手でも無しえないぐらい高く飛んだんだ。

会場は全員スタンディングオベーション。

これに気をよくしたコーチは拍手が鳴り終わるタイミングを見計らってAEDを作動させたんだ。ステファニー婆さんは可愛そうにもうすでに意識がない。意識がないのに高く飛ばされたんだ。

 

競技がすべて終わりステファニーが金、お種が銀、新三郎は銅メダルを獲得。

しかし翌日にはステファニーのコーチが老人虐待で訴えられステファニーの金が事実上はく奪されたんだ。

可愛そうなのはステファニー。

協会は金を逃した彼女に同情し、後日特別にプラチナ製のメダルをステファニー婆さんに贈呈したんだ。

 

 3選手に与えられた金、銀、そしてプラチナのメダルの裏には受賞者の名前と年齢が刻印されていた。

ステファニーのメダルにももちろん名前と93歳という年齢が刻印されている。

それを見たステファニー。89になってない事に腹を立てこう怒鳴ったんだ。

「人を老人扱いしやがって・・・」

 

 

 

 

 

| 今日の影郎 | 19:10 | - | - |
雪と氷に閉ざされた点字ブロック


一昨日は札幌にいた。 横断歩道の信号待ちの集団に白い杖をついた50代のご婦人の姿があった。 いつもは通勤などで慣れた道なんだろうけれど視覚障害がなくても滑りやすい雪面。点字ブロックでさえ氷に閉ざされている。だからご本人も多少戸惑っているご様子。 氷に覆われると点字ブロックの意味がないから赤信号なのに横断歩道からはみ出しては大変危険なのだ。 信号待ちの集団は白い杖を持つ彼女の存在に気づいた人もいて通行の妨げにならないようにと一定の距離を保とうとする人はいるが誰にも彼女に声をかける人はいなかった。札幌の住民が冷たいわけでなく、同じ立場に立ってみないと瞬間的に何が不都合なのかが理解しがたいのもわかる。 私はトランクを引きずっていたがほっては置けなかったので勇気をだして声を掛けたんだ。すると彼女は私のセコい誠意を受けてくれたんだ。 こういう場合は手を引っ張るのではなく自分の腕を持っていただく方が安心されると聞いたことがある。しかし歩く道は完全なアイスバーン。もし転倒されることがあってもお助けできないので私はしっかりと彼女の手を握ってバス乗り場まで誘導しバスに乗せたんだ。 旅をするとその土地の人の温かみを感じることはよくある話だがいつも受け身ではいけないと思うんだ。どこかの遠い土地の人の為になることをしてありがとうと言ってもらえただけで逆に嬉しくなる。偽善と言われてもいいじゃない?無視して通り過ぎるよりはね。 それにしても点字ブロックが氷で埋まるような雪国の視覚障害者対策はもう少しアイデアを考えた方がいいと思った。
| 今日の影郎 | 00:00 | - | - |
北海道の旅最終日
昨夜ラーメンすみれが臨時休業だったお陰でホテルのテレビで女子パシュートの金メダルシーンをライブで見ることが出来た。
焼酎で一人酒盛り。

ラーメンは食べれなかったけれど早朝6時に起きて二条市場で早朝からやってる海鮮丼を食べようと企んだが、起きたのは9時。
風呂に入ってから今は苫小牧方面に行く電車に乗っている。


苫小牧到着。タクシーで取引店へ。

だれも客が待ってない。あまりの人気の無さに凹み5分で退散。そのまま苫小牧港の市場に直行。



苫小牧で新作が売れればそこでたっぷりウニ丼をと考えていたがホッキ丼1400円に変更。



本当は写真の食堂のホッキカレーが名物らしいがウニ丼の口になってる私はどうしてもカレーを食べる気になれず放棄。店内はカレーを食う客で満員だった。


取引先での滞在時間が5分だったので飛行の時間まで余裕が出来た。旅中はビジホの狭い風呂しかはいってないので新千歳空港にある温泉に行ってみる。



空港内の温泉。入泉料は1500円!サウナや岩盤浴、露天風呂も完備してるらしいがフライトまではせいぜい1時間。こんなのに入るぐらいならウニ丼にしておけばよかったと思ったらとても入る気にはなれない。そういうところが身体は大きいが人間的に小さいと言われる所以だろあ。

搭乗時間まではお土産屋めぐり。私はお土産を買うのがとても苦手。パリに行った時もなにも買わずに帰ったぐらいにシラけてる。結局何も買わずに飛行機に乗る。

大嫌いな飛行機も途中から楽になった。ちょっとだけ克服できたのかもしれない。


中部国際空港では矢場とんのブタさんがお出迎え。

そんなわけで今回の旅を終える。

すみれラーメンとスープカレーは結局食べれなかったが予定すら定かじゃない私のために待っててくださったユーザーさんたちに感謝。

今度の旅は仕事を絡めずに高知か鹿児島、そして山形、青森、格安飛行機に乗れたら行きたいところは沢山あるのでそこへとびたい。

| 今日の影郎 | 10:47 | - | - |
北海道の旅3

 本当ならば美唄を経由して小樽に向かってるはずの今日現在。まだ旭川にいる。

実はスマホを落としてしまいeyewearshop北斗さんで捜査。ホテルまで送ってもらった車中に落ちていたらしく取りに行ってもらってる。

旅にはつきもののハプニング。初日はホテルの予約忘れ、2日目はスマホ忘れ。

スマホがないと飛行機にも乗れないし人にも電話できないし、電話番号も覚えてないし、何にもできなくなってしまってる自分に恐怖を感じる。

見つかって一安心。なんとかなるものだ。罰として登別クマ牧場の行程は諦める。


旭川と美唄のお店の出来事は割愛。お店のブログをご覧ください。

私とは違って好印象のデザイナー、ヴィオルーの小野寺さんも私とは逆ルートで北海道を回ってるみたい。取引先が重なると営業の邪魔はしたくないので気をつけていたんだが美唄にて遭遇。私がスマホを忘れて戸惑ってしまったからだ。すぐに私は退散。

今日は札幌で一泊するのだが午後3時からチェックインするのはもったいないから小樽で遊ぶ。


目的は小樽名物若鳥の半身揚げをたべるためだ。

場所は小樽駅から徒歩5分。なるとという名前のお店。札幌にもお店があるらしいがやはり本場のものは本場で食べたいじゃないか。



かなりボリュームのある定食。半身揚げ単品で980円、定食で1200円とかなりお値打ち。

小樽は4度目。ある程度見慣れた風景ばかりだが一応定番の運河も見る。



これから札幌に戻る。実は札幌にはあまりよい思い出がないからすぐにホテルにこもりたいところだがやはり札幌ラーメンは押さえておくべきだろう。ホテルで小休止してから狸小路とススキノを通り予定通りのすみれラーメンを食すつもりだ。

札幌に着いた。今は中国人の春節なんだな。狸小路は中国人だらけだ。

私が札幌に泊まる理由は一つ。
すみれラーメンを食べるためだ。
ススキノをウロウロ。



人通りの少ないビルの2階にすみれススキノ店がある。本店は午後3時で閉店でススキノ店は午後5時開店するんだね。

あった。



あーーー!




せっかくの札幌なんだから美味しいところはたくさんあるだろうがもう私の口はすみれラーメンの口になってる。どうせ食べられないならコンビニ弁当を買ってホテルでオリンピックを見たほうがいい。

そんなわけで札幌の夜はローソン弁当で終わる。

| 今日の影郎 | 09:59 | - | - |
北海道旅2日目

旭川のホテルにて。

外は吹雪なので戦意喪失。どこにも行きたくない。
でも仕方なく富良野線で富良野へ向かう。




鯖江の雪と違ってサラサラ。

富良野到着。




この頃には太陽が出てたが富良野の天候は刻々と変わる。
富良野のメガネ屋タカラヤさんでコーヒーをいただいて天候の回復を待つ。待つ内に面倒になってしまって山手にある喫茶森の時計は今回断念する。

しかし、このまま帰っては無意味なのでスープカレーで有名なふらのやへ。開店時間まで富良野マルシェで時間つぶし。




街はこんな感じ。

富良野は私にとってはまるで庭。迷う事なくふらのやへ。



しかし庭のお休みだけは把握できてない。



富良野の市街地を昼間に歩くことはあまりない。いつも朝にきて夜に戻るから憧れのカレー屋魔女のスプーンさんが開いてた経験がない。倉本聰先生が最高という魔女のスプーンのカレーが食べれると知りこれまでの低いテンションが一気にあがる。


すごい!凄すぎる。
私が頼んだ巨大なホタテカレー。


カレーも人によって好き嫌いがあると思うのだが私的にはナンバー1。
そして何よりもママさんの人柄に惚れる。北時計のママさんが引退した今富良野に行く目的がなくなって寂しくなったがまた会いに来たいと思える人物が増えた。


つづく
| 今日の影郎 | 11:11 | - | - |